私と点穴療法との出会い

馬秀棠先生を囲んで
左から私、馬秀棠先生、先生のおくさ ん、馬建民先生

プロフィールも交えて 私のことを書いてみたいと思います。
私こと城野智弘は生まれも育ちも滋賀県です、もともと身体が小さく軽く小学生の頃から鉄棒やマッ ト運動が好きだったものですので、中学生になってから器械体操を始めました、高校に入っても大好きだった器械体操を続けインターハイと国体は出場できまし た。
高校卒業後は、地元のフィットネスジムでトレーナーの仕事をしながら、器械体操をし、さらに京都まで整体の指導を受けに通ってま した。
そして21歳のころ私は整体師として活動していました、その頃は今ほど整体治療院が多くなく来院される患者さんはとても多かっ たのです(毎日平均8人くらいは来院されていまして、最高で1日に14人施術をしたことがありました)。
整体の仕事の他にアルバイト で保育園に体操のお兄さんとして体育遊びを指導もしていました(もともと子供も好きなものですので、ついでに僕の場合子供と遊ぶとストレスが発散されるみ たいです)。
毎日整体と体育遊び指導で忙しくしていました、ある時ふと本屋さんに立ち寄り本を見ていたところ集英社から出版された 「気が癒す」という本に非常に興味を持ち買って帰りました。
その当時は「気」というものがいわれはじめた頃でしたので興味はあったん です、でもこの時に自分が実際に中国に行って気功とか太極拳とかを学ぶなんて思いもしなかったです…。
そして「気が癒す」という本を 読んでいるとその中に寥赤虹先生が書かれた「馬秀棠先生の点穴療法」の記事が目にはいり、何か不思議なことに引きつけられるように読んでいきました。
そ して記事を読み終わると同時に自分の中で「この先生の治療法を学びたい」という思いがとても強くなり、いてもたってもいられなくなり、すぐに出版社に電話 をかけこの記事を書かれた寥赤虹先生に東京まで会いにいきました。
この時のことを今思い出して考えると素直に「直感」が働き、そして その「直感」にしたがって行動を起こした結果、その純粋で素直な想いが馬秀棠先生に繋がったのじゃないかなと思います。
そして寥先生 にお願いして紹介状を書いていただきました、馬秀棠先生との面会する機会に恵まれました(京都の村井達治先生、寥赤虹先生など本当に多くの方々に助けてい ただきました、心から感謝しています)。
馬秀棠先生の初めて会ったときの第一印象は「なんか後光がさしている気がする」感じでした。
確 か当時馬秀棠先生は78歳くらいだったと思います、見た目普通の老人なのですがなんだか静かで深みのある方だなと感じました。
そして 素直に点穴療法を学びたいということを伝えました、しかし僕が中国語を全然できないことや馬秀棠先生は高齢なこともありどうするべきかとお考えのようでし たが、僕のどうしても学びたいという気持ちが強かったのでOKをいただきました。
そうして最初は1年間の予定でしたが、延びに延びて 約3年間にわたって中国の陝西省西安市にて点穴療法を学びました。
点穴療法、楊式太極拳、太極気功八法など多くのものを馬秀棠先生か ら学びました、馬秀棠先生の息子さんの馬建民先生にもいろいろお世話になりました。
多くの方々の協力と温かい優しさをとても感謝して います、感謝という言葉では伝えられません。

私には夢があります、それは日本中に、いや世界中にこの素晴らしい 点穴療法を広めることです。
それにはまず家庭の中からちょっとしたときに点穴療法を使っていただこうと考えたのが、このホームページ の中の1つのコーナーになっている「お母さんのための点穴教室」です。
子供を持つお母さんがたに使っていただこう、そして点穴療法を 使ったお母さんが、お友達に「点穴療法っていいよ、こうするのよ」って具合に広がっていけばと考えています。
2008年9月からは守 山のカルチャースクールで馬先生から学んだ太極拳教室も始まります。
この太極拳教室は太極拳の他に太極気功八法、そして点穴療法も盛 り込んでみようと考えています、一般の方へのカルチャースクールなので本格的な点穴療法ではありませんが、このカルチャースクールを通して点穴療法を知っ ていただけたらと思います。
点穴療法を広めるという夢の種はまかれ、芽が出始めています、
こ の先この芽がどんな花を咲かすのか見ていくのがとても楽しみです。



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