九重連山→

平治岳のミヤマキリシマを見たくて九重連山を訪れました。九重は、「くじゅう」と「ここのえ」の二通りの読み方があります。「くじゅう」も「九重」と「久住」の二通りの書き方があります。これらを十分に使い分けられないまま、大阪からフェリーで大分へ出かけました。この時期に登山ができて、本当によかったと思っています。九重連山の地図はこちらから。(拡大や移動ができます)
←長者原のガイド犬「平治号」

長者原登山口で見つけたのがこの犬の像です。登山者を安全にガイドしてきたことから、平成元年に観光協会が設置したそうです。大阪からフェリーを利用し、自家用車でここまできました。だから旅行の二日目になりました。山頂付近にはガスがありそうですが、晴れています。「平治号」に今日、明日の安全を祈りました。標高約1,050m。
登山口からの道→

九重連山へは、長者原登山口からすがもり越を通るルートを選びました。久住山、中岳を通り、法華院温泉で一泊し、次の日、平治岳と大船山に登るためです。「人みな花に酔うときも 残雪恋し山に入り 涙を流す山男 雪解の水に春を知る」の坊がつる讃歌の情景を楽しみにしてきました。登山届を書いて出発し、しばらくは、このような道を上っていきました。
←すがもり越への分岐手前の堰堤

登山口から通ってきた道路とすがもり越へのショートカット道への分岐手前に、写真のような堰堤が見られました。このあたりから、ミヤマキリシマの鮮やかな花が目につくようになっています。
すがもり越への分岐→

堰堤のすぐ先が分岐(標高約1,200m)になっていました。ショートカットすると早く上れそうだったのですが、初心者が同行していたため、地図で確認していた硫黄山道路を直進しました。結果的は正解だったような気がします。どちらのルートをとっても、前の堰堤の上の方へ出られるようです。
←硫黄山道路の終点近く

直進した硫黄山道路は、表面のコンクリートもかなりひどい状態でした。しかし、道に迷うこともなく、安心して歩けるルートでした。
舗装のない登山道→

分岐からの道と合流したこのあたりからは、ごらんのような道になりました。山肌は無残で、豪雨の後ならもっとひどい状態になるだろうと思われる斜面でした。落石がありそうで、晴れていても、この付近では立ち止まれません。早足で通り過ぎることにしました。標高約1,350m。
←すがもり越への上り

いよいよ、すがもり越への上りに差しかかりました。コースには黄色のマークが付けられていて道に迷うことはありません。予想はしていたのですが、思いのほか難儀しました。大小さまざまな石があり、足の踏み場が決められません。やっとの思いでたどり着いた避難小屋(標高約1,500m)で、強風をさけて昼食をすませました。熱いコーヒーがうまかったです。すがもり越からの下りも同じような岩場でした。
久住山・坊ヶツルの分岐→

平地にたどりつきました。ここは北千里ヶ浜と呼ばれている場所です。左に行くと、今夜の宿である法華院温泉山荘(坊ヶツル)に行けます。ここから右にルートをとり、久住別れをめざしました。途中、中学生らしい集団に出会いました。
←立ち上る硫黄山からの白煙

少し進んで、北千里ヶ浜方面を振り返ってみると、白煙が立ち上っています。すがもり越の手前で見えていた白煙とは様子が違い、勢いのある白煙でした。九重連山が、今も活動している火山であると、今更ながら感じたところです。
久住別れへの上り→

北千里ヶ浜の平地も終わり、ここから久住別れへの上りが始まります。同じような岩の道で、ここにも黄色のマークがきちっと付けられていました。
←コケモモの出迎え

久住別れのあたりでは、早速コケモモの花が私たちを出迎えてくれました。このあたりのコケモモは、世界的に分布の南限になっているといわれている。花は開ききっていませんが。秋には、きれいな赤い実をつけるのでしょう。一部、マイズルソウも白い可憐な花をつけているのを見つけました。
久住山麓のミヤマキリシマ→

久住別れをすぎると、久住山(標高1,786m)と中岳(標高1,791m)にぐっと近づきます。このあたりには、ミヤマキリシマの紫紅色の花が群がって咲いています。すでに森林限界をこえていて、ミヤマキリシマの低木とコケモモの群落になっています。
←中岳麓の御池

久住山に立ち寄った後は、久住山と中岳の間の御池のそばを通りました。ミヤマキリシマの紫紅色に慣れた目に、この水の色は新鮮でした。池のほとりで、別のパーティーが強風をさけて、昼食中でした。中岳が九重連山の最高峰になります。
中岳から坊ヶツルに向けて出発→

天狗ケ城を横目に見ながら、中岳をめざしました。池の小屋の陰で少し休憩した後、今度は坊ヶツルに向けて歩きはじめました。
←坊ヶツルと平治岳

「坊がつる讃歌」で有名になった坊ヶツルの平地が見えてきました。ここまで来たら、あともう少しの行程です。坊ヶツルには今宵の宿があるはずです。冷えたビールも待っています。正面には、明日、登る予定の平治岳の頂上付近が紫紅色に染まって見えています。
坊ヶツル手前の難所→

これまでの険しい登山道で、「ここが最後の難所」と言い聞かせて、初心者を連れてきたのですが、もうそろそろ限界でしょうか。足だけでなく、ストックを使っている手にも疲れがきているはずです。もう少しです。
←やっと辿り着いた法華院温泉山荘

「坊がつる讃歌」(唄;芹 洋子)の舞台である標高1,300mの盆地の一角に山荘がありました。明日の平治岳と大船山の登山に向けて、疲れを癒したい。そして、 「ミヤマキリシマ咲き誇り、
       山くれないに大船の 
       段原彷徨う山男 
       花の情も知る者ぞ」」
という坊ヶツルのイメージを更にふくらませたいものだ。そうだ、今夜は冷たいビールと温泉で、ゆっくり疲れを癒そう。
法華院温泉山荘から望む平治岳→

三日目になりました。今日も、昨日につづいて快晴です。昨夜は消灯の前に眠りについたおかげで、さわやかな目覚めになりました。しかし、足の疲れは確実に残っています。幸い、今日は登山口と下山口が同じになっています。不要な荷物はデポしておき、平治岳と大船山へは、サブザックの軽装で行くことにしました。ザックの中身は、山荘で作ってもらった弁当とお茶、カメラとタオルぐらいです。雨具をはじめ、不要な荷物は、テント場近くに置いていくことにしました。
←平治岳への登り

足の疲れがありましたが、軽い荷物で調子よく歩けます。でも、狭いうえに火山灰のぬかるみに気を使う上りになっています。樹林の中では歩いた距離がわかりません。そうこうする間に、人の声が聞こえるようになりました。明るい場所に出たと思うと、そこが大戸越でした。
平治岳直下、大戸越からの花の様子→

平治岳と大船山の登山口にあたる大戸越(標高約1,420m)で、紫紅色のミヤマキリシマの群生が出迎えてくれました。さらに山を見上げると、ミヤマキリシマが満開でした。紫紅色に染まった山は、これだったのです。九重の目的であったこの山に、早速登ることにしました。
←ミヤマキリシマが満開

登山道には、満開のミヤマキリシマがありました。人気の山で、上り専用のルートと下り専用のルートが設けられています。どちらも狭い道です。話によると、昨日の日曜日には、この上りは混雑していて50分待ちの状態だったらしいです。私の場合は、写真を撮影する以外はまったく立ち止まらずに頂上まで行けました。
迫力満点のミヤマキリシマ→

つぼみに近い花から、すでに萎れかかった花まであり、正に満開のミヤマキリシマでした。地元の人の話では、今年は例年になく美しく咲いているとのことでした。ミヤマキリシマはツツジ科の低木で、九州の火山に広く分布しているといわれている。
←ミヤマキリシマの幹

ミヤマキリシマは、高さ約1mで枝が横に這うように広がっている。全体として饅頭のような形をしている。標高1,500mをこえる森林限界での成長は微々たるものだと思われます。この大きさになるまで何十年を経ているのでしょうか。
平治岳のミヤマキリシマ→

頂上付近のミヤマキリシマです。大戸越からは見えない位置にありますが、これまた見事な花でした。
←大船山へのルートから見た平治岳

平治岳を下山し、今度は大船山に向かいました。振り返って見ると、さきほど登ってきた平治岳はまさに「花の山」でした。
大船山段原付近のミヤマキリシマ→

段原(だんばる)と呼ばれる火口付近に咲くミヤマキリシマです。大船山は「大船山のミヤマキリシマ群落」として国の天然記念物に指定されています。
←北大船山の標識と三俣山

段原にある北大船山の標識です。左の山は三俣山です。九重の山々は、同じくらいの標高の山が連なっていました。
大船山のミヤマキリシマ→

三俣山を望むこの風景は、いろいろな所で使われるショットです。絵になる景色です。
←ツクシドウダン

この時期はミヤマキリシマだけでなく、多くの花が見られました。その一つがドウダンツツジです。花の形から、ツクシドウダンでしょうか。
大船山から坊ヶツルへの下り→

標高1,786mの大船山から1,230mの坊ヶツルに向かって下っていきました。森林限界より下では、ご覧のような比較的背の高い樹木がみられました。
←途中のようす

この登山道も、転石のため非常に歩きにくくなっています。転石が多く、それに乗ったら転んでしまいます。
平治岳と大船山を望む坊ヶツルテント場→

坊ヶツルは九重連山のベースキャンプ地として、多くのテントが張られる。花の季節でしたが、月曜日だったせいか、テントは少なかったです。
←雨ケ池越への分岐

デポしておいたザックに荷物を押し込み、急いで帰路につきます。正面は三俣山です。この山を中心にして、反時計回りに九重連山をめぐってきました。九重の山々は同じくらいの標高です。平治岳(1,624m)、大船山(1,786m)、稲星山(1,774m)、中岳(1,791m)、久住山(1,786m)、星生山(1,762m)、三俣山(1,744m)。
途中のなだらかな上り道→

雨ケ池越は、二つのルートがありました。このルートは終始上りでしたが、なだらかでした。疲れもピークに達していたのですが、歩きやすかったです。
←水のない雨ケ池

雨ケ池は、坊ヶツルと長者原の中間点にありました。雨の後に池ができるということで、晴天続きの今は水がたまっていませんでした。
やっと戻ってきました→

別のポストに下山届を提出しました。
←長者原から振りかえってみる

無事、出発した長者原に帰ってきました。二日間の晴天と安全に感謝しつつ、急いでフェリーに向かいました。どこにも立ち寄らず、それでも出港にぎりぎり間に合った状態でした。

九重連山(九重山のコケモモと大船山のミヤマキリシマ)2009.5.31〜6.1